12月2日(日)の譲渡会 結果報告

譲渡会結果報告

今回はアニコム損保さんが作って下さった新宿の新しい会場でした。
初めての場所でどうなるかな!と思っておりましたが、開始前から外に並んで下さり、始めから終わりまで絶え間なく来場者がありました。

IMG_6885

寒い中本当にありがとうございました。
とてもキレイな会場で、抱っこできる猫カフェ風なスペースもあり、

IMG_6886

IMG_6887

この先使用する他の団体さんも、どんなかんじ~?と遊びに来られていました。

1Fの獣医さんもアニコムさんも皆さんスタッフとしてご協力くださり、とても新鮮な譲渡会となりました。

今回は参加猫が12匹とこじんまりやりました。全てにお申し込みをいただきありがとうございました。
残念ながらはずれてしまわれた方、また次回宜しくお願い致します。

次は年内最後、12月23日(日)三鷹アドリブカフェにて予定しております。

IMG_6880

IMG_6884

IMG_6879

IMG_6883

IMG_6882

IMG_6881

活動内容

三鷹市内においては基本的に地域猫活動としてのお手伝いをするのがみたか123の立場です。

少し使い古されてきた様な地域猫活動という言葉。
人によっては自分のやっている事に都合よく使っていたりします。

三鷹市内は被災地ではないので、そこに猫がいる場合
そこに住む人の問題です。
子猫をみかけて放っておけば、必ず先々何倍にも悩み事が増えてしまいます。

市役所は捕獲器を貸しています。地域で認識して毎年自分たちでやるのが、地域猫活動の姿です。
せっかく上手くいってきたのに、活動がいっぺんに死に絶える地域もあります。
子猫欲しい人が来て子猫渡す方が楽。
自分たちでできて来た事なのに、赤ちゃん返りするように誰かが言い回る。

何故やりに来てくれないの?

いえいえ、あなた方これまでも何度も捕獲器使いこなしてきましたよね!

ボランティアはあなたと同じ市民です。
捕獲のアドバイスいたします。病院に運びます。リリースは見届けてください。

地道なTNRを怠り、子猫うまれた持って行って!は、聞ける時も聞けない時もあります。こちらのゲージがいっぱいなら、あなたがしばらく見てくださいとなります。

同じ頃、三鷹のあちこちで、今年初めましての依頼人の方々が、仕方なく自分たちでTNR、子猫保護をしておりました。
回りに理解されず、大変ご苦労していたのを知っています。ですが、やりきりました。一部の子猫はこちらも引き受けました。
最後の1匹まで諦めない。何日も粘る。これが大切な事です。
結局やりきった後の言葉は、精も魂も尽き果てました。もう二度とごめんです。
だけど新しい猫見たらまたやりますよと。

精も魂も尽き果てる

本当にそんな大変な事になる前に、毎年コツコツやるしかないのが、地域猫活動です。

三鷹は市が脳死している分、地域猫の変形ですが。
それでもやらなくてはならない事です。
でないと、猫増え続ける苦しみは来年の方が大きくなりますから。

何故来てくれないのー?
三鷹は被災地ではないので、捕獲器貸してくださーいという言葉に変えてください。
それが出来る地域は増えています。

これまでも私がまだ本当に1回も行っていない場所の方は、ごめんなさい。必ず行きますから。

あるボランティアさんが亡くなりました。
亡くなる前の晩にかかってきた電話で最後の言葉は、「あのこ女の子だった?」
「うん、メスだったよ」
です。
たまたま3つの事を一緒にやっていました。

一つは70代の宗教家がボランティアを騙し猫もらったはいいが、すぐ庭に放し大通りを渡る猫を目撃され、取り返すも、猫なんか外で自由に飼うもんだ!とキレる。すぐにまたどこかから猫もらい3日で放し行方不明。宗教家は探す事をしないぱかりか、捜索ポスターをはがして歩く。

この人の逃がした猫を探し、もう一つは、三鷹に越してきて2匹の猫を逃がした人の件。
本人はこのまま捕まらなくてもいいかとも思うと。元々保護猫なんだしと。このように言う人の猫を保護し、後一つは井の頭の川沿いの親子猫5匹を保護し、それで最後に会話した言葉が、あのこは女の子だった?という言葉でした。
この子猫を私があずかり、生後半年以上の体でしたから、手術に出した最後の1匹でした。
私との関わりはこの時これだけですが、他にいくつも同時進行であったはずです。

朝の4時に捕獲器をかけにゆく
その時亡くなったと。

井の頭の川沿いの親子猫の依頼人の娘さんの事に関してこのように言っていました。
かわいそうだから保護して!という依頼。
里親に出して!という依頼。

あのこは昔のあたしに似ているの。猫の事なーんにも知らないの。
あたしなんかただご飯をあげていただけの無知なタイプだったのよー。キャハハ
えっ!そうなの?と私。

関わってこられた方、様々な想いがあるかと思います。

いくらでも書きようがありますが、私は言葉としては何も残したくはありません。

書いたところで理解できる人はとても見当たりません。